キミとボク

 

 

――もうすぐだ。

橋の上を行きかう人々の雑踏に紛れ、ボクは欄干に凭れかかっていた。夕闇の中、橋は全て茜色に染まり、ボク自身もその光を受けて黄昏色に染められている。

ざわつく声と歩む音が耳に入っては消えていく。五月蝿くはないが、何処となく煩わしさを覚える。だが、そこから動く気にはならず、ボクはただその場で虚空を仰ぎ見た。

茜色に、宵闇の訪れを告げる、紫のソラ。何処からか、ボクの名前が聞こえてくるものの、全て聞こえない振りをしてやり過ごすことにし、ボクは天を仰ぎながら瞼を閉じた。

『オズ』。それは、ヒトの作り出した電子空間。現実世界とほぼ等しく、金銭のやり取りも政治的な手続きも行える、ヒトが便利になるというエゴによって

作り出されたセカイ。

そして、ボクはその偽りのセカイで生きる、存在。正しくは現実世界に存在するマスターによって作り出された、アバター(擬似体)。0と1で構築されたセカイと同じく、作られた存在だ。

 存在意義は、マスターの為。それだけだ。

否、それだけだった。

瞼を開いたボクは、体内に装着されている時計で時刻を確認する。脳裏に浮かぶ時刻が約束の時間を示しているのを確認したボクは、辺りに視線を廻らせ、ボクを畏敬の眼差しで見つめる複数の瞳と視線が交わった。

なんら変わりない、いつものこと。『オズ』の中で、ボクの名を知らないものは、きっといない。だからこそ向けられる、畏敬と奇異の眼差し。

思わず小さな溜息を吐き、視線を下げたところに、ふと小さな影が目に入る。頭頂部付近に耳と、身体とほぼ等しい大きさをした尻尾。

「お、遅くなって……ゴメン……」

喘息という、病に近い呼吸をして現れた彼は、他のアバター達が数メートルボクから距離を取る中、一人気兼ねなくボクの目の前まで歩いてきた。

「……3分20秒コンマ40遅刻だよ、ケンジさん」

「こ、細かいよキング!!」

腕を組んだまま視線だけ、彼へ向ける。ボクの膝ほどまでしかない身長でわたわたと手を上下させる姿は可愛いが、如何せん顔が不細工だ。何となしに小憎らしさと愛嬌を覚えるその顔に困惑を浮かべる彼へ笑いかけはせず、ただ内心で失笑する。

「マ、マスターが中々ログアウトしなくって……バイトが伸びちゃってたんだ……」

「そう」

耳を垂らし、言い訳を始めた彼に一言返し、ボクは暮れ始めてきたソラを再び見上げる。茜が支配していたはずのソラは徐々に夜帳を落とし、紫が藍を交え始め、偽りのソラとは言え、その色合いに思わず目を細めた。

「キング?」

「何」

欄干に腕を乗せて寄りかかるボクの隣で、視線の高さを会わせる為か欄干によじ登った彼は、ボクの見つめる虚空を同じように見上げつつ、ボクを呼ぶ。視線はそのままに返事をしたが、それに対する答えがなく、視線を下げれば、ボクを凝視する彼と目線が交わった。

「……なに?」

「え、いや、その……!」

ヒトの顔を見ながら何をぼんやりしていたのか。少しばかり視線にその思いが乗ってしまったのか、先ほどと同じように慌てつつ、ケンジは苦笑を浮かべる。

「やっぱりキングって格好良いなぁって、思って……」

「……は?」

いきなりこのヒトは何を言い出すのか、と目を丸くすれば、彼は苦笑を強めて後ろ手で頭を掻く。

「キングが夕焼け見ながら目を細めてるのってね、凄く様になってるって言うのかな。うん、カッコイイんだ」

自分自身に言い聞かせるように首肯した彼に対して言い返す言葉が見当たらずただ視線だけ向けていれば、彼は寄せていた眉を和らげた。

「キング、やっと笑ってくれた」

「え?」

言われてから、自身の頬が緩んでいることに気づき、ボクは思わず頬へ手を持っていく。

「遅刻しちゃったから怒ってても仕方ないけど、でも、やっぱりキングは笑ってる方がいいよ」

「……別に、怒ってなんか……」

「だとしたら、やっぱり笑ってる方がいいよ」

笑え、と目の前の小さなリスは言う。日ごろ近づいてくるアバターのいない、オズの中で、格闘技のチャンピオンとして君臨しているボクに対して、笑えと。

「……適わないな……」

「キング?」

視線を彼から外し、偽りのソラを見上げながら小さく呟く。彼にもその声は聞こえたらしく小首を傾げていたが、それに対して答えは示さないでおく。

「ねぇ、今日はどうするの?」

暫く無言でソラを見上げていたボクに、ケンジが声をかけてくる。徐々に星がソラへちりばめられ、細い三日月が東から昇ってきている。

「そうだね……どうしようか……」

返事というよりも、呟き。その呟きに対して笑みを浮かべてただ言葉を待つ彼へ手を伸ばせば、彼も指を絡めてくる。

大きく無骨なボクの手と、小さく縫いぐるみのような彼の手。繋ぐと同時に視線が交わり、自然と微笑を浮かべれば、彼も笑みを深めた。

「もう少し、ここでもいい?」

「キングがそうしたいなら」

ボクの呟きに返す彼の声は柔らかい。まるで彼の体躯のように。

 

偽りのソラ。

偽りの体躯。

偽りのセカイ。

0と1の塊にしか過ぎない。

それでも。

そうわかっていても。

繋いだ手の温もりは。

胸に灯る仄かな温かみは。

偽りではなく、真実。

 

「ケンジさん」

視線を外したまま、ボクは彼を呼ぶ。

「ずっと、一緒だよね?」

「キングが望んでくれるなら」

首を巡らせなくてもわかる。

彼の双眸と、それに準じた表情が。

夜帳が、落ちる。

藍から濃紺へと、ソラは色を変えていく。

 

短くて尊い、アバターだけの刻が訪れようとしていた。

 

 

 

――了――

 

 

 

アトガキ

 

 

……サイト用に書き上げるのは何ヶ月ぶりでしょうか、考えたくもありません、こんにちは和紗です。

 

主にオフラインで活動してしまい、今までサイトにSWの作品が無かったので書いてみました。そしたらまぁあれだな。まさに誰得なリスウサリスになったw

 

まぁ、マイナー街道進むのは慣れてるからね。いいんだけどね・・・はは……。

 

とりま、SWに関しましてはオフラインで主にキング受R-18ばかりなので綺麗なのを書きたくなったのです。誰だ普段から綺麗じゃないって言ったのは。

 

 

まぁあれです。多少なりともお楽しみ頂けましたら幸いです。

 

リスウサに幸あれ!!!!!

 

 

2010/07/01 和紗 拝