ナナイロ

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

                               

花瓶に収められた花を眺め、少年はただしとしとと降り落ちる水滴の 音を聞いている。何もすることが無いわけではないが、かといってしなくてはいけないことはない。ただ流れる時間に任せ、彼は止まない雨音を耳にしては飾ら れている花に手を伸ばしては引っ込め、何をしたいのか分からない自身の動きにただ苦笑をするだけだった。

主が、姿を見せない。

理由は分かっているのだ。単に仕事が忙しくなっただけ。予め来れな くなったのならそれは用事が重なっているからであって、来たく無いから来ないのではないと告げられている。ヒトのココロを抉る言葉をよく用いる青年である が、嘘だけは吐かないことを知っているから、その通りなのだろう。

別に、不満があるとは言わない。

頬杖をついて窓ガラスに映る不細工な自分の顔を見つめ、少年は翡翠 の瞳を閉じて大きく息を吐いた。

「アジサイだけ置いていくのはどんな意味があるんだか……」

窓の外で雨水に濡れて水滴を零し続ける花を眺め、首は動かさず視線 だけ花瓶に収められている花へ移す。少し前まで外に出していたので雨水を含んだ土はしっとりと濡れ、茎や葉には未だ雫が残っていて生命力をそのまま現して いるようだ。

「これも、データに過ぎないはずなんだけどね」

青年が住まう世界とは異なるセカイ。太陽が東から昇っては西に沈 み、時には積乱雲とともに豪雨が襲い、花が咲き、木々が風に揺れ、ヒトが生活を営むセカイ。

それでも、それは全て0と1の数字が変換されて構成された、デジタ ル仕様のセカイ。

世界とセカイを行き来する主である青年は何ら変わらないと以前話し ていたが、それでも自身が世界へ行けず、セカイに捕らわれていることには変わらない。

少年は――金色の髪と翡翠の瞳を持った歌い手たる少年は、考えるの をやめて頬杖を崩して窓枠に寄りかかった。

鮮やかな紫色を保った花がその拍子に微かに揺れ動き、視線を再びそ ちらに持っていく。脳内で簡単に覚えているその花のことを思い出して、少年は意味もなく軽く口を開いた。

「アジサイ、別名ハイドレンジア。梅雨時に咲き、色を変えていく 花。花言葉は」一度口を噤み、記憶にある言葉を口にするのを躊躇うが「『非情』」

ふと、言葉を羅列してから何故その花を青年が摘んできたのか、と考 える。単純に庭に咲いているものを摘んできたと話していたが、本当にそれだけなのだろうか。

『非情』の花言葉を持つその花は、雨が多く降り湿気でじめつく季節 に咲き始め、夏の到来と共に枯れ散っていく。

そんな、期間の短い花だ。

花弁に手を伸ばし、少年はその花をじっくりと観察し始める。一息に 紫と言ってもその色合いは花びらによって微細に異なり、少し薄みがかっていたり、赤みがかっていたり、青みがかっていたり。そして、枯れ落ちようとするか の如く、茶を含み始めていたり。

同じ花、同じ根から現れているはずなのに、全て同じ色と言うものは 存在していない。瞳に映るその花を眺めていれば、部屋と廊下を隔てるドアをノックする音が鼓膜を打ち、少年は我に返ったように花から視線を外して来訪者を 中へ誘った。

「発声練習くらいはしてたんだろうな?」

傲慢な口調と口元だけを吊り上げる笑み。数日音信不通になっていた 主の姿がそこにあった。

「マスター……」

窓枠から身体を離して身を起こそうとすれば青年が手を前に出してそ の動きを押し留め、彼の方から少年に近づいていく。

「淋しくて泣いているんじゃないかと思ったが、そうでもないか?」

「誰が泣くって言うんだよ、たかだか一週間かそこら来なかっただけ で」

喉を鳴らして笑う青年に言い返して肩を大きく竦めて見せれば、その 仕草にも笑みを零し、青年は少年の傍に設置されている寝台に腰を下ろした。

「それだけ言い返せれば問題無さそうだな。とりあえず今日は時間を 取れたが、また明日からそうも行かなくなるんでな」

疲れきった面持ちでそう呟いた青年の顔をうかがう。少し目の下にク マが出来、普段は小ざっぱりしている服装も今日はTシャツ にジーンズと言った限りなくラフな格好だ。

「そんなに忙しいなら無理してこなきゃいいのに」

言外に休め、と意味を込めて言えば伝わったのか苦笑を漏らし、青年 は表情を和らげて彼に視線を向けた。

「お前らと話すだけでも気分転換にはなる。ぐだぐだたらたら仕事さ れるよりはよっぽど気が休まるもんだ」

「……ならいいけど」

突然柔らかな眼差しを向けられて思わず視線を逸らしながら返せば、 青年の手が少年の腕を取り、そのまま引き寄せる。抵抗せずにそのまま引き寄せられればぬいぐるみのように背中から腕を回され、互いの体温が布越しに感じら れるようになった。

「暑いんだけど」

「そう刺々しくなるな」

本心から口に出したものの強がりだと取られたのか頭を撫でられ、子 ども扱いされていることに頬を膨らまるが青年は気にする様子もなく飾られているアジサイに気を向ける。

「綺麗に咲いているな。世話してるようで何よりだ」

「リンじゃないんだから簡単に枯らしたりなんてしねぇし」

双子の姉を例えに上げれば再び喉を鳴らして笑い、青年はふと問いを 投げ掛けた。

「レンはアジサイを見てどう思った」

唐突な問いかけはこの主にはいつものこと。始めは応えに窮する事も 多かったが、既にそんな青年に慣れた少年は臆することなく口を開く。

「綺麗だけど哀しい」端的な答えをひとまず返し「こんだけ世話して も梅雨が明けたら枯れるって聞いたから。あんまり好きにはなれない」

ぶっきらぼうに答えた少年の髪を梳いていた青年の指が彼の答えを聞 いて止まり、溜息とは異なる小さな息と共になるほど、と吐き出した。

「レンの言うことも一理ある。それもアジサイの一面だからな」少年 の言葉を肯定し、青年は続ける。「だが、まだ浅い」

口元を歪め、何処か楽しげに笑う青年は少年の髪に寄せていた指で紫 陽花の花を指し示す。

「アジサイはその花の名に花の色を含める紫を入れているが、それだ けではなにのは見て分かることだ。昔のヒトはそこに着目してアジサイを“七色に変わる花”と考えていたと言われている」

「七色? 確かに色はちょっとずつ違うかもしれないけど、そこまで大袈裟に言うほどじゃないと思うんだけど」

「しかし、変わっていることに変わりは無い。それこそ受け取り方の 違いだからな。……同じ根からでも変わることが出来るというのは、花自体にその意思はなくとも受け取り手からすればまた可憐であり儚くも感じ取ることが出 来る。特にレンがさっき言った通り、アジサイはすぐに枯れてしまうからな。しかし、そこにこそ儚さと美しさが同居しているとも言える」

指を下ろした青年は彼に導かれるまま視線を花に向けていた少年の頭 に手を再び置き、意識を花から逸らさせて真っ向から少年の翡翠の瞳を覗き込む。

「七色と言って、レンはまず何を思い浮かべる?」

再び質問を繰り出され、青年の言葉を何とか飲み込んでいた少年はパ ンクしそうなほどの情報に頭を抱えながらも思い浮かんだものを口にする。

「……虹?」「大多数はそうだ」

逡巡してから応えた少年の頭を乱暴に撫で、青年は窓の外を伺う。全 く晴れる気配のない曇天は限りなく続き、視界に雲の切れ目がない。虹が出そうな気配がないかと考えを巡らせたのか少し残念そうに眉尻を下げた青年の顔を眺 めながら少年は彼の口が開かれるのを待つ。

「……虹も確かに七色で現れる。それもアジサイと同じ様にすぐに消 えていくだろう? 七色というのは“儚くも美しいもの”に付けられるものだと、結論付けることが出来る」

いつの間にか自論の展開になっていることに少年は気付いたが、特に 反論もないのでそのまま青年の言葉を待つことにすれば、窓外に向けられていた青年の視線が降りて少年を真顔で見つめる形になった。

「な、なんだよ」

「いや、ここまで理解できてるかどうかの確認だ。わかったか?」

「んなッ! 何処まで子ども扱いするつもりだよっ!」

真顔で問いかける青年に腹を立てて視線を外すように首を背ければ、 苦笑が耳に入る。

「そういうところがまだまだガキ扱いしたくなる素振りだというのが 何故わからない」

クスクスと笑う青年に反論しようと再び顔を戻すが、不意に青年が少 年を抱きかかえたまま寝台へ倒れこみ、危うく舌を噛み掛けて反論するタイミングを逃せば、ちょうど少年の耳元に近づいた青年の口から囁きが漏れ出た。

「まぁ、さほどアジサイを嫌いになっていないようで安心した、のだ が安心ついでに眠くなったのでこのまま寝るぞ」

「ちょっとっ! ヒトの布団で寝ないでよ!自分の部屋に帰って寝ればいいじゃんか!」「レンは俺と寝たくはないか?」

顔を青年に向けて反論していればその言葉を遮って青年が呟き、その 言葉に彼は何も返せなくなる。

「……そういうの、ズルイ」

「ズルくて結構。ほら、寝るぞ。俺は疲れてるんだ」

ぽそりと呟いた言葉に対して引き寄せている腕に力を込めて距離を近 づけながら返した青年はそれきり何も言わず寝息を立て始めてしまう。眠ってしまったはずなのに少年の身体を離さない腕を抓ってみたりするが、逆に強く引き 寄せられてしまい、寝返りすら打てなくなったのを最後の抵抗に、少年は一際大きく溜息を吐いて瞼を閉じる。

 

その口元が柔らかく緩んでいたのは、彼も、その彼を捕まえている青 年も知らないことだった。

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

――色彩に踊り

――四季祭に揺れる。

――咲き枯れ

――移り廻る。

――廻るは四季。

――移るは時。

――廻り廻る時の流れ。

――流れる時はヒトも巡らせ。

――移り変わるもまた運命(さだめ)。

――変わる変わる。

――四季の廻りと共に。

――ヒトは変わる。

――溢れる色彩の如く。

――廻る四季の如く。

――示される道に限りは無く。

 

――ナナイロよりも、道は広がっている。

 

――了――

 

アトガキ

 

な、何ヶ月ぶりの更新でしょうか、久々に一日仕上げで更新が出来ま した。待ってくださっていた方がいたならありがとうございます。お久しぶりです、駄文書きのカズサです(平伏)

 

 

日記すらまともに書いてない昨今なのですが、徐々に生活リズムを 掴……めねぇよwwwww

 

 

いやもう真面目に休みだと思ってたら急遽予定入るわ、逆もまたある わ。はたまた家に帰れば翌朝早いからPC開く気力すら生ま れないときたもんだ。

 

そういうわけで最近原稿やるのは休みの日、それも予定の無い休みの 日だけという惨状にありますι

 

あ゛ーもうね、正直きっついっす。いや、なにがって駄文を書く暇が 無いことが。色々妄想は貯まってるんですよ。正に貯蓄していくしかないんです。吐き出す暇が無い。

 

 

まぁ、とりあえずそろそろコッチにも復帰していきたい次第。オンラ インも更新できればいいけど、オフラインも活動再開していこうと思います。

その復帰第一弾として、今回の作品。お、ようやくちゃんとアトガ キっぽいこと言えたww

 

今期から新社会人として新たな道に踏み出した筆者な訳ですが。

今回の作品は、ボクより年齢が下の方々は勿論、上の方にも言いたい こと。

四季は巡り、巡る時に合わせてまた花が咲いて。

そうした時間の流れの中で、ボク達は生きていて。

そうやって生きている間、困難は訪れるけど、それでも道は一つじゃ ない。

辛いことはたくさんあるけど、そんなときはふと周りを見渡すのも、 大切。

悩みが無い人はいないと思う。満足している人もいれば、現状に不満 を抱いてる人もいると思う。

だけど、ふと周りを見れば何処かしらに緑を見ることが出来ると思 う。そこでまた、移り変わりを感じれば、以前に見たときよりも時が過ぎ、何かしら自分に変化があったことを自覚できると思う。

 

 

たった一度の人生、愉しんで生きなきゃ損じゃない?(笑)

 

 

2009/07/13 伴和紗 拝