好キ?嫌イ?
「たっだいまー!!」
黒いランドセルががたがたと音を立てる程の速さで、その闘神士兼小 学生は授業を終えて自宅へと帰ってきた。速やかに自分の部屋へ行き、荷物を置くと止まらずに食堂へと足を向ける。
今日は土曜日。
授業が午前中で終わり、給食が出ない日である。
「イズナさ~ん?ご飯は~?」
廊下を急ぎ足で歩きながら少年は自分の身の回りの世話をしてくれて いる巫女の名を呼ぶ。並みの飲食店以上の味を作り出す女性の食事時は、腹を空かせた少年には至福の一時(いっとき)である。
「あれ~?イズナさん?」
食堂に人の姿はなかった。ただ、食卓の上にはラップで丁寧に包まれ た食器と置手紙がある。少年は食卓に歩み寄って手紙を読み始めた。
『ヤクモ様へ
お買い物の方へ行って参ります。食事のほうは申し訳ありません が、お一人でお食べ下さい。
追伸 残しましたら、今日の夕飯は無しに致しますから、そのおつも りで。』
読み終わった後に、少年――ヤクモは無言でラップに包められた皿の 中身に目をやる。
「うぇ……」
思わずこぼれたのは、呻き声にも近い声。食器の上には綺麗に盛り付 けられた野菜炒めがあった。食材に使われているのは、伸び盛りの少年の事を考えたものばかり。
豚肉・ニラ・人参・玉葱、そして……、
「……ピーマン嫌いって言ってるのに……」
緑色をした、苦い物体。
それがふんだんに野菜炒めの彩りを鮮やかにしている。
幼い体に似合わぬ深い溜息を吐き、ヤクモは手を洗う為に洗面所へと 向かった。
いただきます、と自分の眼前で手のひらを合わせてから既に半刻。ヤ クモは緑色の物体と睨み合いをしていた。他の物は綺麗に無くなっているのに、ピーマンだけが皿の上に丘を作っている。
と、ヤクモは不意に腰に下げていた闘神機を構えた。
「白虎のコゲンタ、見参っ!!」
現れたのは白い式神。闘争本能をむき出しにした彼は、呼び出された 場所が食堂だと知ると不機嫌そうに咽喉を鳴らしてヤクモを見る。
「おい、修行じゃねぇのかよ」
「そうしたいのは山々なんだけど、とりあえずこっち来てよ」
食卓の上に行儀悪く肘を付いていたヤクモは手招きをしつつ箸で緑色 の物体をつついていた。
「で、何なんだよ。こんなとこで降神なんかしやがって」
椅子に座ったヤクモの隣に立ち、白虎は腕を組む。それに対してヤク モは黙然と自分の隣の席を指差した。
「……?何だよ?」
「良いから座って」
目線を合わせずに食器の上の物と睨み合いをするパートナーを不審に 思いながらも、白虎は言われた通りに席に着いた。
「……あのさ、残り物なんだけど、食べない?」
「……はぁ?」
箸で皿の上の物体を摘み、ヤクモは白虎の口元に持っていく。
「ちょっ!ふっざけんな!!残飯処理させる為に呼びやがったの か?!」
顔を背け、式神はヤクモを睨む。戦闘をする為だと自負している彼に とって、残飯処理など苦痛であり、馬鹿にされている以外の何物でもない。
「帰んぞ。ったく、ざけやがっ、て……?」
闘神機の中に戻ろうとした式神の腕を、ヤクモは思わず引っ掴んでい た。突然の行為に、式神も動きを止める。
「……ゃなんだ……」
「あ?」
俯いたまま呟いた少年の言葉は、語尾しか聞こえない。
「独りで食べるのは……イヤなんだ……」
沈黙が、広いとはいえない食堂を包み込んだ。
遠くの空から、子供の笑い声が聞こえる。
静か過ぎる中に聞こえる笑いは、少年の首をさらに擡(もた)げさ せ、式神を掴む腕にはさらに力がこもった。
数刻にも感じる一瞬後に、式神が口を開く。
「で、どうやって食えっつーんだ?手掴みで食えってか?」
その言葉に、ヤクモはゆっくりと顔を上げた。
涙の跡はないが、少し目が赤くなっている。
「コゲンタ?」
「いーからさっさと箸寄越せって言ってんだよ。おめぇにゃ日本語も 通じねぇのか?」
掴まれていないほうの腕でヤクモの頭をかいぐり、白虎は先ほどまで とはうって換わっての笑みを見せた。
その笑みを見て、ヤクモも微笑む。そして、白虎が驚愕するようなこ とを口にした。
「コゲンタは口開けて!俺が食べさせてあげるから!!」
再び、沈黙が訪れる。
先ほどとは、また異なった空気が食堂を包んだ。
いそいそと箸を動かし、ヤクモは硬直しているコゲンタの口元にピー マンを運ぶ。
「ほら、口開けてよっ」
紅の瞳を白黒させながら、コゲンタはようやく行動に移る。
「ヤクモ……。俺は別に、箸が使えないわけじゃねぇぞ?」
目の前にまで持ってこられた箸から少し顔を遠ざけ、コゲンタは呟 く。
「知ってるよ?」
「怪我してるわけでもねぇぞ?」
「わかってるよ?」
「勿論、病気なんかでもねぇ」
「わかってるってばっ」
今度はコゲンタが俯いた。というか、軽く体が震えている。
「コゲンタ?」
そんな中でもヤクモは箸を離さずに、そして自分には決して近づけな いように持ちながらコゲンタの顔を覗き込もうとした。
すると――
「っっざけんなーー!!何で俺様が動物の様に餌付けされなきゃいけ ねぇんだよッ!!」
――天井を仰ぎながら、コゲンタは怒声を上げる。その物言いに対し てヤクモは眉を顰める。
「そんなんじゃないよ、コゲンタ!こうやるのって、相手の事が好き な証拠なんだってッ!!」
さらりと出てきた『好き』という台詞に、肩を怒らせていた白虎が再 び硬直する。そして、見る間に彼の白い頬が鴇色に染まっていった。
「おっまえ……。何でこう……、いきなりそう言う事を……」
「好きだから。それ以外に何があるのさ」
一層頬を赤らめるコゲンタの様子を楽しむかの様に、ヤクモは追い討 ちをかけ、再び箸をコゲンタの口元に運ぶ。
「ほら、“あ~ん”」
利き腕と逆の手を箸の下に添えながら差し出された食べ物を、コゲン タはヤクモの顔を見ないように目を瞑りながら咀嚼する。
自分の顔を見ずにただ黙々と口を動かすコゲンタに少しの悪戯心が働 き、ヤクモは自分の天敵とも言える緑色の物体を口の中に放り込む。出来る限り舌に触れないようにし、無言で口を開いた状態のコゲンタの顎を掴み、唇を自ら の唇で覆って口内に入っていたものをコゲンタに移す。
目をつぶっていたが為に突然の行動に対応することも出来ず、コゲン タはただもがくがそう簡単にはヤクモも離してはくれない。
たっぷり二十秒は塞がれ、ようやく離れたヤクモをコゲンタは濡れた 紅の瞳で睨みつけた。
「お、前!いきなり何しやがるッ!息できねぇだろうが!!」
鼻で息をすれば、という言葉を胸の中にしまいこみ、ヤクモは箸を置 きコゲンタの首に腕を巻きつけて、耳元で囁く。
「これなら、“食べさせる”っていう理由でキスできるから、さ」
一度区切り、今度は触れるだけの口付け。
「……大好きだよ、コゲンタ」
「……俺は、お前のそういうところが大嫌いだ」
ヤクモの言葉に対して、コゲンタはぶっきらぼうに返す。
「そんなところも含めて……やっぱり大好きだよ、コゲンタ」
「……そうかよ」
一言にこめられた想い。紡がずとも通じる言葉。隣に居てくれる事。
それこそが、
“大好き”な理由。
――好キ?嫌イ?――
――……大好キ……――
End